飯能市史─落穂集(1)

市史編さんのために収集された資史料は、この十年余の間に膨大な数量となった。

この資料をもとにして「資料編」が編さんされてきたのであるが、資料内容、紙幅の関係などから、使われたものはその中の一部でしかない。

そこで、使われなかった多くの資料の中のいくつかを「落穂集」ということで紹介してみよう。

収集されたものは、多くが近世文書と呼ばれるもので、江戸時代に書かれたものである。

一般的には古文書と呼ばれ、墨書きのものであるが、内容を大まかに区別すると「公」のものと「私」のものがあり、それぞれが当時の歴史を語り、生活を語ってくれている。

「公」のものは書体、書式ともに統一されており、村民の公の場での生活を知ることができるが、「私」のものは書体もまちまちで、変体仮名、略字などで書かれ、書いた人の性格がそのまま現れているかのように、筆はのびのびとしてはいるものの、その読解には苦労するところである。また、手紙文などでは当事者間だけで内容が通じればよいのであるから、年代も書かれていないものがほとんどである。

そこで、差出人や受取人の生きた時代や内容、干支などから推定するほかはない。

(1)戯歌(ざれうた)

水戸もな以尾張大根丹ミ楚を徒希越前めしもくへ怒世の中

(略)みっともない尾張大根に味噌をつけ一膳めしも食えぬ世の中

う春くら具ミ那ふみ者津寿一ツ橋阿とハ安可る起紀州ろうそく

(略)薄暗く皆踏みはずす一ツ橋あとは明るき紀州ローソク

馬喰のくら置馬を引出し亭乗者阿ぶみ能きれてどっさり

(略)馬喰の鞍置馬を引出して乗馬鐙の切れてどっさり

腰ハ怒けち可五良不和奈親と妻車多よりて願ふ王飛古登

(略)腰は抜け近頃不和な親と妻車頼りて願う詫言

「戯歌」とか「ちょぼくれ」などは、江戸時代の世相を反映していて面白いものが多い。

この四首も幕政への批判や風刺がきいており、その内容からは健康な飯能の庶民の生活が彷彿としてくる。

一首めは水戸、尾張、越前という大々名家を登場させて、生活の苦しさを明るく訴えており、二首めは一橋、紀州の名を入れて希望がうたわれている。三首めは何やら意味がわからないが、馬喰の馬は通常裸馬なのであろうか。たまたま鞍のついているのを見つけて、乗ったら鐙が切れて落ちてしまった。あまり変わったことはするものではないとの戒めであろうか。四首めは家庭内の嫁と舅・姑の関係をうたったものであろう。

生活の苦しさや単調な日常生活の中で、戯歌、ちょぼくれという形で政治批判や風刺をして生活のうるおいとした先人の知恵を知る好個の資料である。

(2)落合寿親の手紙

乍失禮書面以申上候
向寒之節二相成候得共御家内様益御清栄之由奉賀候
然者先達而者矢立彫之儀大急キにて御座候ゆへ甚以麁末之細工二候得者此段御用捨可被下候
且此度下私惣手作之脇差出来二相成候二付貴君様御一家之内江是非〱御世話仕度候二付此人者川口村秋山國三郎卜申人二て下私兄弟同様之方二御座候間委細之儀者此人より御聞可被下候 細工之儀者念入置候間此様之品者又々賣物ニハ御座無候へ者是非〱御一家様内江御取置被下候様仕度右御願申上候 余者此人より御聞可被下候先者取急キ要用而巳 早々頓首

十一月十日

寿親拝

注:「より」は変体仮名。

編さん日誌

1月
7日仲町小川家文書調査
2月
12日旧東吾野支所資料収集
13日飯能の自然─動物編発行
17日地誌編現地調査
19日埼玉県市町村史編さん連絡協議会研修会へ事務局員出席
25日地誌編現地調査
3月
12日中居半田家文書調査
20日産業編発行
26日編さん委員会・動物編
産業編の発行と次年度発刊予定について
31日地誌編現地調査