秩父事件



秩父事件

秩父郡に蜂起した農民一揆は、近郷近在の人たちを巻き込み、まれにみる大事件となりました。

明治十七年に起こったこの事件は、すでにいろいろな書物で明らかになっていますが、当時はまだ秩父郡に属していた吾野地区も、この事件の一つの舞台でありました。

「本月三日午後の五時、十八名の暴徒が乱入し、そのうち二名の者が抜身の鑓を携えて大刀を腰につけ、一戸一人づつ差出せ」と坂石村連合(当時は坂石、坂元、高山、南、北川、坂石町分の各村が一つの連合体であり、それを坂石村連合と呼んでいる)の戸長宅に迫りました。やむを得ず戸長は、各村に通達しましたが、どの村からも来ないので暴徒達は、坂石村、坂元村、南川村と道々、家々を強迫して歩き、五、六十人の者がしたがった模様です。と当時の飯能警察署長が県知事へ報告しています。

どうしてこのような事件が起きたのか、当時の社会と経済状況を知るうえの重要な事件の一つです。

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