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| 集落に入った最初の建物です。なぜこの家屋だけ倒壊しているのでしょう?ここには現在4戸ほどの家屋が残っていますが、 昭和三十年頃には二十一戸を数えたといいますから、人為的なものもあるのかもしれません。 |
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| 村の入り口近くにある祠に挨拶したあとで、そばの家屋に近づいてみました。 |
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| 軒から氷柱が下がっています。 |
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ちょっと西へ進んで振り返ったところ。 この廃屋から村名の由来であろう白岩の岩壁を見上げたのが↓です。 |
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写真が下手でわかりにくいですが、実際はもっと大きく、堂堂と見えます。
この岩は、村の象徴的な存在だったと勝手に想像したのですが、村人達がどのようなものとして見上げていたのか、
そして採掘により削られてゆく様子をどのように受け止めていたのでしょうか(武甲のそれと似ているのかな・・・)。 鋼管鉱業のサイトを見ると、白岩での採掘がはじまったのは 昭和41年(1966年) 9月の頃であるらしい。ただしこれは鋼管鉱業による採掘で、採掘そのものはそれ以前から始まっていたようです(→後述)。 |
| 続く |