
虚空蔵峠です。此処には名前のとおり虚空蔵菩薩が居ます。これはその前から見た視界です。

昭文社の地図には途中「広い草原を横切る」と書かれた場処があるのですが、このあたりになるのでしょうか。
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(追記) 昔、この辺りにはスキー場がありました。 オープンした年はそれなりに賑わったのですが、翌年もその次の年も雪が降らず、早々に潰れてしまったそうです。 写真のこのへん一帯は周囲と較べて明らかに樹齢が若いので、おそらくここであろうと考えられます。 あるいは近隣の別荘地区とその南側が該当するのでしょうか? スキー場というにはちょっと狭いような気がするし、またスキー客はどんな路程でやってきたのだろう? 鉄道は飯能までしか来てなかったろうし・・・。 以下に、当時の様子を伝えたものを引用します。 二一〇 昭和十一(一九三六)年二月 スキーヤー二百名押出す※「奥武蔵スキー場を滑走したスキー板」の写真あり |
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(追々記) 上のほうで「この辺りにはスキー場が」あったと書きましたが、 正確には峠の都幾川側の斜面だったようです。 また「鉄道は飯能までしか来てなかったろうし」と書きましたが、これは間違いで、 昭和4年には吾野まで開業していました。おそらく吾野からバスが出ていたのでしょう。 さて東京日日新聞埼玉版の昭和十一年二月六日号 第一版の記事を探してみたので載せてみます。 この雪は数十年ぶりの大雪で、川口辺りの積雪量は40センチを超えたほか、 軒並み20センチから30センチを超えたようです。別記事には「雪地獄」という言葉や 「未曾有の列車遅延」「学童吹雪で凍死す」といった見出しが見られます。 |


刈場坂のすぐ手前となる牛立久保です。