たまたま明治期の国民新聞をちょっとめくっていたら次のような記事があったので紹介してみます。
(国民新聞・・・Wikipediaに拠れば1890年創刊の日刊新聞で、現在の東京新聞の前身の一つとのこと)

国民新聞明治43年1月29日

一丈餘の大入道
南高麗村の妖怪騒

入間郡南高麗村大字直竹に俗に阿彌陀原と稱する處あり
老杉古檜通路を蔽ひ晝尚暗き山道なり
此附近に古き頃より功勞經し狐狸の棲みて夜間通行人の顔に墨を塗り
又は火の塊となりて道路に轉がり抔して人の膽を寒かしめたとの話しありしが
又々昨年十月頃より夜間時々怪火を燈す抔奇怪の仕業あり

或日大字上直竹のC水某なる者夜間茲を通行せしに
身の丈け一丈餘りの大入道々路の中央に佇立しゲラ/\と打笑ひて動かざるより
C水某は此奴狐狸の仕業なりと早くも合點し
四邊りの枯れ木を拾ひ集めて焚火を初めたれば
入道は何時しか消ひ失せ山中に逃げ入りて再びゲラ/\と笑ふ聲の聞こえたりと

又山田某なる人の同所にて出會せし時は
茶目の小僧が人力車を坂路より挽き來り
客は例の大入道が乗り込み居たるを見るより
山田某は膽を潰して顫ひ上り一目散に我家に逃げ歸り
驚愕の餘り二三日も打伏し居たりと云ふ

其後も時々小僧となり入道と化し又は火の玉と變じ通行人を驚かすより
夜間同所を通行する人なしと


要するに狐狸妖怪の類が跳梁していたようなのです。ゲラゲラ笑うと言うのには不気味なものがありますが。
与太記事かもしれませんが、だとしても何故に南高麗の或る土地がピックアップされたのかまったくわかりません。
例によって市史の地名編を探してみると、上直竹下分に「阿弥陀」という地名があります。
すぐ北隣に「寺郷」という地名もあり、何か関連がありそうですが「由緒は不明」となっていてなんだかわかりません。
地図を見ると、阿弥陀という場所は石ざく林道を入ったすぐ右手側の山の中になるようで、ちょっと見て来ました。
現在では沢沿いに林道が延びています。おそらく昔も沢に沿って道が付けられていたと思われます。
新聞記事中では「俗に阿彌陀原と稱する處」とありますが、「原」と呼べるような平地があるようには見えません。






ヒグラシの合唱がすさまじいところでした。
今回はちょっと立ち入ってみただけなので、いずれまたもう少し詳しく歩いてみたいと思います。




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